京都 ⑤ 常照寺 寂光山
2010年 01月 08日
続いて向かったのは常照寺 寂光山
吉野太夫ゆかりの寺として知られている
左の赤い門は、吉野門と言われている朱色の山門 そして紅葉
太夫が愛した窓(吉野窓と呼ばれている)
太夫の墓
やはり、美人薄命とは、本当のことなんだろう・・・と、実感
今でも献花の絶えないと言う
また、夫 灰屋紹益が恋慕のあまり吉野の荼毘の骨灰を呑みほし、
「都をば花なき里となしにけり吉野の死出の山にうつして」と詠んだ。
ビデオで吉野太夫花供養行列を見たけど
あまりの豪華さにうっとり
次は、光悦寺
ここからは、鷹峰の三山 鷹ケ峰 鷲ケ峰 天ケ峰がきれいに見えます
余談だが、この地は
江戸時代の芸術家である本阿弥光悦に元和元年(1615年)に徳川家康がこの地を与えた。『本阿弥行状記』によれば、当時は「辻斬り追い剥ぎ」の出没する物騒な土地であったという。この地に光悦の一族や様々な工芸の職人らが移り住み芸術の集落となった。光悦の死後に屋敷は寺となり、境内には光悦の墓碑がある。※wikipediaより
そろそろ中心部に移動して
大好きな高徳院へ
ここでは、いつでも足を投げ出して
まるで、我が家のようにしています。
京都に来たら必ずといっていいくらい立ち寄る場所です
はぁ~
お腹が減ったので
「月曜日のフォーク」へ移動
たっぷりお野菜のバーニャ・カウダ
北海道産ホタテと緑野菜のオイルソーススパゲティ からすみ添え
牛ほほ肉の赤ワイン煮込み
本日のチーズ盛り合わせ
初めて食べたヤギのチーズ
くせがなく、凄く美味しかった
いや、ここの料理どれもいいです。また、伺います。
本日の総歩数は
すごいでしょ?
いよいよ次が最終章
大原三千院へ行きます
吉野太夫ゆかりの寺として知られている
左の赤い門は、吉野門と言われている朱色の山門 そして紅葉
太夫が愛した窓(吉野窓と呼ばれている)
太夫の墓
やはり、美人薄命とは、本当のことなんだろう・・・と、実感
今でも献花の絶えないと言う
また、夫 灰屋紹益が恋慕のあまり吉野の荼毘の骨灰を呑みほし、
「都をば花なき里となしにけり吉野の死出の山にうつして」と詠んだ。
ビデオで吉野太夫花供養行列を見たけど
あまりの豪華さにうっとり
次は、光悦寺
ここからは、鷹峰の三山 鷹ケ峰 鷲ケ峰 天ケ峰がきれいに見えます
余談だが、この地は
江戸時代の芸術家である本阿弥光悦に元和元年(1615年)に徳川家康がこの地を与えた。『本阿弥行状記』によれば、当時は「辻斬り追い剥ぎ」の出没する物騒な土地であったという。この地に光悦の一族や様々な工芸の職人らが移り住み芸術の集落となった。光悦の死後に屋敷は寺となり、境内には光悦の墓碑がある。※wikipediaより
そろそろ中心部に移動して
大好きな高徳院へ
ここでは、いつでも足を投げ出して
まるで、我が家のようにしています。
京都に来たら必ずといっていいくらい立ち寄る場所です
はぁ~
お腹が減ったので
「月曜日のフォーク」へ移動
たっぷりお野菜のバーニャ・カウダ
北海道産ホタテと緑野菜のオイルソーススパゲティ からすみ添え
牛ほほ肉の赤ワイン煮込み
本日のチーズ盛り合わせ
初めて食べたヤギのチーズ
くせがなく、凄く美味しかった
いや、ここの料理どれもいいです。また、伺います。
本日の総歩数は
すごいでしょ?
いよいよ次が最終章
大原三千院へ行きます
by spirit-misa
| 2010-01-08 15:31
| 京都